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ここから本文エリア 現在位置:高校野球>コラム>恒川直俊 記録で読む甲子園> 記事 過去に出場した同名校(1)2007年07月25日 今夏の代表の座をかけて地方大会も熱戦を繰り広げているが、大正4年の第1回大会からの長い歴史の中で、今春までに出場した県毎の出場校を見てみると、最高が北海道の53校、最少が高知県と徳島県、福井県の10校となっており、これまで全国から1,000校に迫る955校の学校が出場している。
従って同名の学校が出場しても何ら不思議ではない。そこで過去、甲子園に出場した同名校をピックアップしたのが別表1である。 まず皆さんにもおなじみなのが、長崎県と三重県の海星高である。この両校は甲子園の常連校で、長崎海星は春4回、夏15回出場し、三重海星も春2回、夏11回出場している。 次いで三重県と茨城県の明野高も比較的知られている。三重の明野は春3回、夏5回出場している名門校で、茨城の明野も春・夏1回ずつ出場している。 面白いのが奈良県で、奈良県は全国的にも少ない方の13校の出場だが、そのうち高田、高田商、郡山、広陵の4校が他県の学校と同名校として絡んでいる。 また読み方は違っても文字が一緒なのが八幡高である。福岡県は「やはた」で、滋賀県は「はちまん」であり、福岡の八幡は昭和25年春に1度出場し、滋賀の八幡は昭和26年春の初出場時の校名で、その後は八幡商と改名して以後も春・夏とも6回ずつ出場している常連校である。 改名と言えば、富山県の滑川と埼玉県の滑川もある。富山の滑川は、春1回、夏2回の出場があり、埼玉の滑川は平成10年夏に、現在阪神で活躍する久保田智之投手が、捕手と投手で活躍して出場している。しかし今は吉見高と統合して滑川総合となり、今春の埼玉大会で見事、優勝を飾っている。 もう一つは海南高で、戦前の海南中時代から活躍する和歌山県の海南と、あのジャンボ尾崎で、昭和39年春に全国制覇した徳島海南である。徳島海南はその後、日和佐高と宍喰商の2校と一緒になって海部高となり、その名前が消えてしまったのは淋しい限りである。 愛知の名門・中京大中京が過去に中京商、中京と名乗って大活躍し、その後、分離独立して生まれた岐阜の中京商、中京も出場している。 そして城東の名の学校が、戦前の城東中(現・高知追手前)を含めると最多の5県、6校でその名が見られ、他にも埼玉県と宮崎県の大宮高もある。 つい最近も2校の同名校が生まれている。その一つが戦前の福岡中から活躍し、夏10回の出場を誇る岩手県の福岡高と、昨年の平成18年夏に富山県から出場した福岡高だが、本場の福岡県の福岡高はまだ出場出来ないでいる。 もう一つが山梨県の春2回、夏3回出場の市川高と、今春兵庫県から出場した市川高である。 これからも年を追うごとに益々、同名校が増えて、頭を悩まされる事だろう。
恒川直俊(つねかわ・なおとし)
1940年、名古屋市生まれ。明治大法学部卒。高校野球を中心とした野球史の研究に取り組む。著書に「プロ野球で活躍する甲子園球児の戦歴事典」(2000年東京堂出版、2003年改定)、「出身校別懐かしの甲子園球児たち」(2005年東京堂出版)、「熱球譜‐甲子園全試合スコアデータブック」(2006年東京堂出版)などがある。
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