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夏の第1回大会出場校のその後

2007年06月27日

 第1回選手権大会に出場した10校の、その後をみると、いろいろ面白い発見がある。豊中球場で開催された第1回には、秋田中(秋田)、早稲田実、山田中(宇治山田)、京都二中(鳥羽)、和歌山中(桐蔭)、神戸二中(兵庫)、広島中(広島国泰寺)、鳥取中(鳥取西)、高松中(高松)、久留米商の10チームが出場している。大会の長い歴史の中で、多くの学校が校名変更しているが、早稲田実などは当時と今も校名が変わっていない数少ない存在だ。

 この第1回大会に出場して以降今日まで、春・夏とも全く出場していないのが山田中と広島中で、神戸二中もその後、春は4回出場しているが夏の出場はない。山田中は三重県の代表で、その後、三重県からの出場は昭和28年の津高まで待たなければならなかった。もし、第1回に山田中が出場していなかったら、三重県は滋賀県と並び、3番目に選手権大会に代表校を送り込むのが遅い県となるところであった。

 高松中は21世紀枠で平成17年春の選抜に選ばれたが、これが何と72年ぶりの事で話題となった。しかし、夏の大会は昭和9年を最後に出場がない。

京都二中も戦前に4回出場しているが、その後廃校となった。ただ、朱雀高校鳥羽分校から独立、京都二中の流れを受け継ぐとされる鳥羽高が、平成12年夏に昭和21年以来54年ぶりの出場を果たした。鳥羽高が3回戦まで進んで活躍したのは記憶に新しいところである。

 長年にわたって伝統を維持するのが難しい中、早稲田実の27回を筆頭に、鳥取中が22回、和歌山中が20回、秋田中が19回も出場している。特に和歌山中は第1回大会から昭和3年の14回大会まで、14年連続出場という前人未到の金字塔を打ち立てている。

 早稲田実は選抜では、昭和32年に王貞治投手(現ソフトバンク監督)を擁して全国優勝を果たしたが、夏は昨年の第88回大会で、ハンカチ王子で騒がれた斎藤佑樹投手を軸に優勝したのが初優勝だったとは、意外であった。

惜しいところで優勝を逃したのは出場4回を誇る久留米商だ。昭和37年にあの初の春・夏連覇を達成した作新学院に夏の決勝戦で0対1と惜敗している。

 この10校の中で優勝経験校は、第1回大会の京都二中と、大正10年と11年に夏の大会初の連覇を成し遂げた和歌山中の2校だけであったが、昨夏、早稲田実が3校目になった。10校の中では戦後初めての優勝でもあった。

 この10校は今も甲子園を目指して頑張っている。広島国泰寺高(旧広島中)は、今年はまだこれからだが、昨年夏の広島県予選の1回戦で、瀬戸田高を36対0とコールドで破る活躍を見せている。



恒川直俊(つねかわ・なおとし)

 1940年、名古屋市生まれ。明治大法学部卒。高校野球を中心とした野球史の研究に取り組む。著書に「プロ野球で活躍する甲子園球児の戦歴事典」(2000年東京堂出版、2003年改定)、「出身校別懐かしの甲子園球児たち」(2005年東京堂出版)、「熱球譜‐甲子園全試合スコアデータブック」(2006年東京堂出版)などがある。
>>主な著作


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