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ここから本文エリア 現在位置:高校野球>コラム>恒川直俊 記録で読む甲子園> 記事 夏の「地方予選枠」の変遷2007年06月13日 今年の夏もいよいよ6月16日から全国のトップを切って沖縄大会がスタートし、全国49代表の座を争う時期となった。そこで今回はこれまでの夏の地方予選枠の変遷を見てみよう。 夏の甲子園はそもそも大正4年に、東京大会(東京)、東北大会(秋田)、東海大会(愛知、三重、岐阜)、京津大会(滋賀、京都)、関西大会(和歌山、大阪)、兵庫大会(兵庫)、山陽大会(岡山、広島)、山陰大会(島根、鳥取)、四国大会(香川、徳島)、九州大会(福岡、長崎)の10地区18都府県が参加して始まった。この18都府県が第1回からの参加県で、その他の県は第2回以降の参加となっている。また東京は第2回から関東大会が行われたので、最初からの単独県は兵庫のみである。
県別に夏の地方予選枠の変遷を網羅したのが(別表1 特に複雑な動きを見せているのが、関東、甲信越地区と静岡だろう。静岡は第2回の東海大会への参加から始まったが、静岡中(現静岡)と愛知一中(現旭丘)との間でもめごとが多かった。第9回からは、神奈川・東京で組んでいた京浜大会から東京が単独代表となって抜けたのを機に、神奈川と一緒になって神静大会となった。その後、山梨も加わって甲神静大会になり、第22回からは神奈川が埼玉とともに、千葉の所属する南関東大会に編成変えとなったので、その後は山静大会となった。 神奈川も第2回の関東をスタートに、東京との京浜大会、そして静岡との神静大会、それから山梨が加わった甲神静大会、その後南関東大会へと動いている。 茨城は第2回の関東大会から、その後、南関東、北関東、東関東大会と移動し、埼玉も第7回から関東大会に参加し、北、南、西の関東大会へと動いている。 山梨などは第4回から長野と一緒の甲信大会に参加して、第9回からは新潟も加わって甲信越大会、更にその後甲神静、山静、西関東、北関東とあっちの大会、こっちの大会と、最も激しい動きを見せている。 1県1校の単独県となった時期を一番右の欄に記載したが、第1回からの単独県は兵庫のみであった事は先に述べたが、第2回から大阪が単独となり、その後、表のとおりに単独県が生まれていった。 ここで目をひくのが甲子園で優勝経験を誇る強豪校が所属する奈良、和歌山、徳島、高知などの県が、岩手、山形、新潟、福島、長野などが単独県となっていったにもかかわらず、第60回で全国一斉に単独県になるまで単独県となっていなかったのは不思議な感がする。これは、その県の強弱の問題より大会の参加校数を重視した結果であると思われる。それにしても和歌山と奈良で1校、徳島と高知で1校しか出られなかったのは、何とも惜しかったと思うのは私だけだろうか?
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