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春・夏の初出場と初勝利のスロー記録ランキング

2007年05月30日

 今回は春・夏の初出場、初勝利のスロー記録を調べてみた。それを一覧にしたのが別表1である。これを見ると4項目すべてに顔を出している県は、山形、富山、宮崎、沖縄の4県である。(沖縄は色々な事情があったのでやむを得ない面がある)

表別表1

 ここに顔が見えるのは相対的に野球後進県と言われていたところが多い。過去の地区予選枠の関係や、雪国のハンディキャップなどから、東北6県や新潟、富山などの名が見えるのは致し方ないところだ。しかし、春の茨城県と宮城県の初出場、初勝利の遅さや、岐阜県の昭和11年、徳島県の昭和12年、そして高知県の昭和21年など、現在の野球熱や強豪ひしめく様子から考えると不思議な感じを抱かせる。

 初出場が遅ければ当然初勝利も遅くなる。春の方は10県のうち、8県までが両方に顔を見せている。秋田、青森は初出場の時に初勝利を挙げているので、初勝利のスロー記録10位以内からは名前が消えているが、逆に岩手と山梨が顔を出している。両県とも初出場後の出場校数も少なく、共に4連敗の後、ようやく初勝利を挙げた。

 夏の方は10県の内7県が両方に顔を見せ、高知、岐阜、山梨の3県は初出場の時に初勝利を挙げているので、初勝利のスロー記録10位以内には名前は見られない。逆に福島、青森、三重の名が出て来ている。福島県は昭和9年に初出場しながらその後の出場機会も少なく5連敗の後、昭和38年に磐城がやっと初勝利を挙げ、青森県は大正15年が初出場ながら、9連敗の後昭和35年にやっと青森が初勝利を挙げている。三重県に至っては、第1回大会の大正4年に山田中が初出場して以来出場がなく、昭和30年に3校目として出場した四日市が県勢初勝利を挙げるとそのまま優勝してしまった。

 初勝利スロー第1位の滋賀県は9連敗の後の初勝利で、2位の山形県も初出場以来13連敗の後に掴んだ初勝利だった。

 ここに延べ18県の名があるが、その内、徳島県の6回を筆頭に、高知県の5回、岐阜県の4回など7県が優勝を経験している。

 特に春2位の茨城県が春夏3回の優勝を飾っている。取手二と常総学院の2校でそれを成し遂げ、「木内マジック」と言われた木内幸男監督の指導力が大きい。また、40年以上も沖縄高校球界に尽力され、先日亡くなられた栽弘義監督は、豊見城や沖縄水産を全国区の強豪校に育て上げて沖縄の野球を盛り上げた。沖縄水産での2年連続準優勝が、やがて沖縄尚学の初優勝への布石となった。出遅れていた県の野球を、そこまで引き上げた両監督の功績は大変なものである。



恒川直俊(つねかわ・なおとし)

 1940年、名古屋市生まれ。明治大法学部卒。高校野球を中心とした野球史の研究に取り組む。著書に「プロ野球で活躍する甲子園球児の戦歴事典」(2000年東京堂出版、2003年改定)、「出身校別懐かしの甲子園球児たち」(2005年東京堂出版)、「熱球譜‐甲子園全試合スコアデータブック」(2006年東京堂出版)などがある。
>>主な著作


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