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「負けてもゼロではない」後藤正治さん

2007年08月23日

 信じられないですね。球史に残る大逆転劇。広陵には、ミスらしいミスはなく、押して押して試合を進めていた。野村君にしても、失投は、あの1球だけ。でも、打った佐賀北の副島君をほめるべきでしょうね。

写真後藤正治(ごとう・まさはる)さん 京都市生まれ。京大卒。ノンフィクション作家。神戸夙川学院大教授。95年「リターンマッチ」で大宅賞受賞。プロ野球のスカウトを追った「スカウト」などの著書もある。60歳。

 朝、ラジオ体操に行って、午前中は宿題をする。午後からプールで泳いで、家に帰るとスイカを食べながら、ラジオから流れる高校野球に耳を傾ける。少年時代の記憶です。

 スイカを冷やすのが井戸水から、冷蔵庫になり、ラジオがテレビになっても、高校野球が日本の夏の風物詩であることは変わらない。

 わたしが思い出す決勝は、延長18回引き分け再試合になった、松山商―三沢戦です。アルバイト先でずっとラジオを聴いていた。方言でボソボソと話す太田幸司選手に、郷土代表としての存在を強く意識した。

 いまは、みんなが標準語になってしまったけれど、高校野球がここまで愛されているのは、郷土を代表し、我がチームという愛着をもてること。そして、甲子園球場という器でしょう。

 江夏豊さんの取材がきっかけで、甲子園の球場の神様とも言われたグラウンドキーパーについて調べたことがあった。故藤本治一郎さん。江夏さんが土ぼこりをすってグラウンドにツバを吐いたとき、しかり飛ばした。早朝、風と雲を見て、雨が降るかどうかがわかった。彼がトンボでグラウンドをならすと、イレギュラーしない。甲子園にはそういう思いが注がれている。今オフから、全面改修されるそうですが、その部分は変わらないで欲しい。

 特待生問題について様々な議論があります。その中で、野球留学は郷土代表という高校野球のレゾンデートル(存在理由)を損なっている。わたしは、高校野球という文化を守るために、野球留学は何らかの規制をしたほうがいいと思います。

 時代の中で、変容していくのはやむをえない。現代は、少年野球も含めてビジネス化している。高校野球が牧歌的で素朴な世界ではないことは承知しています。

 それでも、17、18歳の少年が、下手かもしれないけれど、汗をかきながら、一つのボールを追う。一番根っこになるものは、そんなに変わっていないのではないでしょうか。

 太田さんや、43回大会準決勝の浪商―法政二を戦った尾崎行雄さん、柴田勲さんの取材で気づいたことがある。

 勝ち負けは、もちろん大事だけど、10年、20年たつと、彼らの記憶は、あの日はすごくいい汗をかいたとか、自分が真っ白になったとか、そういうものに変わっていく。

 広陵の野村君も、いまは何も考えられないかもしれない。だけど、真剣に白球を追ったという事実が、きっと彼の中に残っていくのでしょう。

 プロでない彼らは、負けても、ゼロではない。若き日に力を振り絞って野球をした。幸せな子供たちです。




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