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7回表にブルペンで投球練習をする大府の内山信寿選手=岡崎 |
「強気でいけ」。大府の内山信寿君(3年)は2回、連打された小山雄輝君(2年)に、右翼から何度も大声で呼びかけた。
「僕の気持ちを伝えることで、小山と一緒に投げていたから」。内山君の背中についた背番号「1」が、重たい。
内山君は、春にひじを痛めた。3回戦と4回戦は3番右翼で先発し、投手としては一球も投げていない。
大府は、春の県大会で準優勝、続く東海大会でも準優勝と、好成績を残した。内山君はエースとして活躍。県大会の準決勝では、足のけがをおして途中から登板すると、チームは逆転勝ちした。
東海大会の直後、内山君は右ひじを伸ばせなくなった。連投がたたった。激痛が走り、遠投が全くできない。
6月上旬、チームは背番号を決める投票をした。「1」は全員一致で内山君。マウンドに戻ってきてほしいという願いも込められていた。
毎日ひじを冷やし、手首を曲げて筋力トレーニングに励んだ。しかし、大会直前の7月上旬になっても痛みはひかない。変化球は何も投げられなかった。
夏のマウンドは、小山君に譲ることになった。しかし、「1」は内山君のまま。内山君は絶対に投げるつもりだった。
3点差をつけられた7回表の攻撃中、内山君は黙ってブルペンに歩き出した。捕手を立たせたまま、軽く投げる。ひじが痛むのが怖くて、全力投球はできない。
監督の指示ではなかった。「投げさせてくれ」とも言えなかった。このひじでは、投げても打たれる。でも、なんとかしたかった。
結局、最後まで内山君がマウンドに登ることはなかった。1球も投げずに、夏は終わった。
馬場茂監督は試合後、「春に無理をさせてしまった」と悔やんだ。しかし、「春は懸命にやった結果。悔いはないです」と内山君。小山君には、「ナイスピッチ」と笑顔で声をかけた。