第93回全国高校野球選手権大会
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人が喜ぶことが励みに 光星学院・川上竜平主将2011年8月21日9時59分 (20日、日大三11―0光星学院) ■光星学院・川上竜平主将 悔いはない。すっきりしている。勝てば多くの人が喜んでくれることが励みになった。(震災があったが)自分たちは野球をやらせてもらえたことにも感謝したい。結果を出して恩返しをしたかったからここまで来られた。 ■光星学院・仲井宗基監督 強かった。完敗。東北や優勝への思いを力に頑張ろうと思ったが、想像以上に相手が強かった。全国トップのチームは、相手の一番いい球を狙っていく。それを肌で感じた。また一からチームを作り直し、鍛えていく。 ■本塁へ夢中で走った 光星学院・金山洸昂選手 金山洸昂(3年)は5回、「俺が流れを変える」と自分に言い聞かせて打席に入った。 甘く入った初球をたたき、左前安打。四球で2死一、二塁とし、中学から同じチームでプレーする秋田教良(3年)が初球を右前へ運んだ。夢中で本塁を目指した。 牽制(けんせい)を警戒して、リードを短くしていたのが響いたのかもしれない。右翼手の肩が強かったのかもしれない。滑り込む直前に捕手に阻まれタッチアウト。 「甲子園に来てからずっとみんなには迷惑をかけてきちゃった」と涙を見せながらも、「やっぱり甲子園は最高に楽しかった」。 ■歓声、腹の底に響いた 光星学院・李基成選手 背番号「10」の李基成(3年)が7回途中からマウンドに上がった。 初戦に登板して甲子園の雰囲気には慣れたはずだったが、1回3分の1を投げて2失点。決勝とあって歓声が腹の底に響いた。「投球内容自体は悪くない」とみていたエース秋田教良(3年)が7回につかまり、慌ててマウンドに上がったことも響いたようだ。 ただ、「入部したときはベンチにも入れないと思っていたけど、甲子園の決勝マウンドにまで立てた」という。投球前にかみ締めたアルプス席の大歓声は、一生忘れない。 ◇ ■気負いがあったか 三沢元エース・太田幸司さん 青森勢として42年前の第51回大会決勝に進出し、松山商との延長18回引き分けと再試合の末敗れた三沢。エースとして2試合を1人で投げ抜いた野球解説者の太田幸司さん(59)は「決勝まで進むこと自体が大変なこと。選手たちは胸を張って青森に帰ってほしい」と光星学院の健闘をたたえた。 仕事のため甲子園での観戦はかなわなかったが、試合が気になり合間にテレビで観戦していたという。「3回の3点本塁打が痛かった。優勝への気負いがあったのかもしれない」と話した。 ■あきらめぬ姿勢、胸が熱くなった 光星学院OBの巨人・坂本勇人選手の話 優勝には1歩届きませんでしたが、最後まであきらめないプレーに僕自身胸が熱くなりました。みんなの戦いぶりは東日本大震災で被災した東北の人たちに元気を与えてくれたはずです。私も後輩たちの活躍に負けないよう、これからも全力プレーを心掛けていきます。 ■球児たちに希望 佐藤萬昭・青森県高野連会長の話 結果は残念だったが、選手たちは本当に健闘してくれた。優勝は青森、そして東北勢にとっては悲願だった。光星学院の大健闘は、県内の球児たちに「あと一歩」だという希望を与えてくれたと思う。 また、東日本大震災の被災県の一つがここまで頑張ってくれたのは、被災者をはじめ多くの人に本当に「勇気」を与えてくれたと思う。 ■大きな自信に 三村知事の話 決勝で敗れはしたものの、はつらつとした気迫あふれるプレー、活躍ぶりは、県民はもちろんのこと、東日本大震災で被災した東北地方の人々に勇気と感動を与えてくれた。強豪を相手に熱戦を展開したことは、本県スポーツ界にとって、大きな自信となり、本県のスポーツ振興に大きく寄与するものと確信する。光星学院、本県高校野球のさらなる飛躍を期待する。 こんな記事も
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