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千葉ニュース

ミス、負けん気でばん回 八千代東・青石優太主将

2009年08月09日

 「こんなに泣くとは思わなかったのに」。甲子園の短い夏が終わった後、アルプススタンドの応援席に向かってあいさつし、ベンチに戻りながら八千代東の主将で遊撃手の青石優太(3年)は涙をとめられなかった。

写真青石遊撃手=矢木隆晴撮影

 3回表2死二塁、自打球が左ひざにあたった。足をひきずってベンチに戻ると、片岡祐司監督が心配そうに迎えた。「大丈夫か」。「はい」とだけ答えた。4回の守備前にテーピングで固定した。その後も痛みは治まらなかったが、もう足は引きずらなかった。

 7回裏、先頭打者の大藤省吾(同)が打ち返したつまった遊ゴロに青石はタイミングが合わず、打球を取りこぼしエラー。「気にすんなよ」。中堅手の広瀬和将(同)の声が聞こえた。「自分の弱さで出した走者。絶対アウトにしてやる」

 次打者の犠打で1死二塁とした場面で三塁をうかがおうとした大藤に気づき、エース村上浩一(3年)が二塁へ牽制(けんせい)。青石はすかさず二塁にカバーに入り、大藤の帰塁が一歩遅れてタッチアウトにした。

 監督の連絡役をしているうちに主将になってしまったときは「正直、嫌だった」。その後チームは昨秋の県大会で4強に残ったが、春季県大会では初戦敗退。「自分たちの実力がたまたまと言われるのは悔しい」。持ち前の負けず嫌いに火がついた。千葉大会では3回戦で右足を疲労骨折したが、全試合でチームを引っ張った。ふだんは闘志を表に出さないが、千葉大会決勝の9回同点の場面では仲間に声をかけて「勝とう」と円陣を組んで決勝打につなげた。

 千葉大会の優勝メダルをもらえなかったマネジャーには、自分のメダルを写真に撮って切り抜いた手作りのメダルを渡した。「青石はチームを引っ張っていってくれる要。だからエラーしても誰も士気は落ちなかった」と土田貴大(同)。誰も最後まであきらめなかった。

 このメンバーだから、甲子園に来られた。

 「みんなにいろいろ伝えたいけれど、しゃべる前に涙がでて言葉にならないかもしれない」(畑山敦子)


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