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ここから本文エリア 同じ道、これからも 智弁和歌山・岡田投手へ 兄より2008年08月17日 <和歌山代表 智弁和歌山> 俊哉へ
今日は全然あかんかったな。自分が打たれたみたいで悔しかった。「ボールに勢いがないぞ。しっかり投げろ」と怒りたかったよ。できることなら、代わりに投げたかった。おれも1カ月前までエースだったからな。 野球は一緒に始めたっけ。本当はサッカーをしたかったけど、俊哉が誘ってくれたんだよな。小学生の時はおれがピッチャーで、1歳下の俊哉はセンター。おとんも御坊商工のエースだったから家では野球の話ばかり。部屋でいつもボールとバットで遊んだから、障子は穴だらけ。おじいちゃんに怒られたな。 おれは智弁和歌山に行けなかったけど、県立の紀央館で1年秋から背番号「1」をつけた。でも、けがが続いて、まともに投げられたのは少しだけ。「もう、あかん」と思ったけど、仲間に「最後にマウンドに立つのはおまえだ」と励まされてがんばれた。 最後の夏。和歌山大会で勝ち上がれば、準決勝で智弁和歌山と対戦できた。一緒に風呂に入りながら、「試合やりたいな」と話したっけ。3回戦で負けて夢はかなわなかったけど、試合で投げることができたから悔いはない。 打たれたけど、甲子園で投げる姿はやっぱうらやましかった。おれの弟はすごいと思ったよ。俊哉には、まだ来年がある。おれも大学のセレクションに向けてがんばらなきゃ。 おつかれさん。帰ったら、またキャッチボールしような。(伊藤秀樹) |