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ここから本文エリア 山梨ニュース 突然の登板「肩壊れても」 甲府工・堤広輔投手2007年07月29日 あと30センチだった。
7回1死三塁、甲府工の投手で主将堤広輔(3年)は、球を投げた瞬間、甲府商の打者がゆっくりとバットを前に構えるのが見えた。「スクイズ?」。打球がふわりと上がる。堤は左手のグラブを差し出し、頭から飛びついたが届かなかった。三塁走者は本塁を駆け抜け、5点目を許してしまう。 4回の登板は突然、訪れた。3回まで2被安打無失点に抑えていたエース石合翔が4回、5長短打を浴びて逆転される。堤は、4回に2死二塁で登板し、ピンチを切り抜けると、5、6回を三者凡退に抑えた。 そのころ、甲府商の監督布施正臣は、「次の1点が勝負。今日の堤から連打は期待できない。一打出れば、三塁まで進め、犠打で1点追加する」と選手たちに伝えていた。 迎えた7回。先頭打者は二塁打。犠打で三塁へ進む。甲府工の内野陣は、いったんは前進守備を敷いた。カウント2―3になり、打者にスクイズのサインが出た。だが堤も誰も、このカウントからスクイズをしてくるとは思いも寄らなかった。気の緩みが、マウンドを駆け下りるタイミングを遅らせたのかもしれない。 堤の初めての失点は追い上げるには、大きすぎる1点になった。「肩はどうなってもいい。逆転につながる投球をする」とマウンドに立ち続けたが、打線の援護は得られなかった。 「(石合)翔のためにも絶対に抑えたかった」と悔やんだ。2年生の4月に肩を痛め、その後もけがを繰り返した。毎日、黙々と走り続けた。その間、エース石合にチームは頼り切っていた。一方の堤は6月に復帰したが、「まだ4イニングしか投げられない状態」(原初也監督)だった。 試合後も涙が止まらなかった。「決勝という大舞台で、マウンドに立てたから。おれは幸せです」とだけ話した。 (敬称略) |