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ここから本文エリア 和歌山ニュース けが乗り越え「一番の快感」 貴志川・森本修多投手2007年07月16日 最初で最後の夏。背番号「10」の森本修多がマウンドに立った。笑顔がトレードマーク。しかし初回、森本の表情から笑顔が消えた。
いきなりピンチを迎えた。右前安打と四球で1死一、二塁。「どこに球が行ったか覚えていないほど、緊張していた」。捕手の寺井良太が駆け寄って「楽にお願いします」。森本は内野を見回し、声をかけた。「打たすさかい、捕ってくれ」。遊撃手の栗垣圭佑が笑顔で応じた。気持ちが一気に楽になった。 続く四番・鎌塚信勝にバントを失敗させ、三振に抑えた。五番・山本健太には内角へ直球を投げ、ピッチャーゴロに仕留めた。「よし」。調子の良いときには、ピッチャーゴロになる。「いける」。森本に笑顔と自信が戻った。 森本の右腕には、約10センチの傷が残る。高校入学直前、右手首の神経血管を切断するけがを負い、3度の手術をした。はしを握ることすらできなかった。「治るのに2、3年はかかる」と医者に告げられた。 野球はもう無理……。周囲はそう思っていた。でも森本は違った。迷わずに野球部に入った。練習をするチームメートを横目に、「人は人、自分は自分」とリハビリに1年間通い続けた。左手でキャッチボールを続けた。笑顔で毎日リハビリに通った。 「試合で投げるのもリハビリだ」。昨年5月、と監督の浜口弘人に言われ、初めて試合で投げた。「やっと投げられる」。投げるのが楽しくて仕方なかった。 「打者との駆け引きがうまい」。浜口は森本に絶大な信頼を寄せている。この夏の和歌山大会は、開幕試合。浜口は森本に先発投手を告げた。期待に応え、森本は和歌山打線を4安打に抑え、完封した。直球もカーブも思い通りに決まり、七つの三振を奪った。「初回のピンチを乗り切って、自分の投球に集中できた」 「3年間、楽しかったけれど、今日が一番快感」。そう話す森本は満面の笑顔だった。次の試合は昨年優勝校の智弁和歌山だ。「笑顔を忘れずに次もがんばりたい」 |