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文星芸大付(栃木)ニュース

内角直球 無常の1弾 佐藤祥万投手

2007年08月19日

 同点で迎えた9回1死。打席には今治西のエースで4番の熊代聖人。カウント0―2から、マウンド上のエース佐藤祥万の心は決まっていた。「内角に思い切り」

 だが、強気に投じた直球は甲子園の青空に高々と上がり、そのまま左翼席に吸い込まれた。さらに2安打、死球、味方の失策が重なり、3失点し、マウンドを降りた。「相手が上だった。仲間に申し訳ない」

 12―3。1年前、同じ相手への屈辱の敗戦が新生・佐藤の出発点だった。4回途中から継投し4失点。栃木大会を制した外角の変化球が通用しなかった。制球力が足りず内角を突けない弱さ。課題は明らかだった。

 甲子園から戻るとすぐにフォーム改造に取り組んだ。制球力を上げるには徹底した下半身強化しかない。遠征から学校に戻ると1人だけ走り込みをした。400メートル走の後、ベースランニングを何本も繰り返した。

 1年後の甲子園に立った時、佐藤は別人になっていた。1年ぶりに佐藤の体をチェックした文星OBのトレーナーは、肉体の変化に目を見張った。身長174センチと決して大きくない佐藤の背中の右側の筋肉が発達し、大きく盛り上がっていた。

 左腕を繰り出すための右手の強い引き手が、腰の回転を速め、球にキレを生む。決め球は1年前の変化球から、打者の内角をえぐる直球に変わっていた。

 1回戦は9奪三振、2回戦10奪三振。この日も5回までに9奪三振、無安打無失点の完璧(かんぺき)な内容だった。投げるたびに帽子が宙を舞う。腕が振れている証しだった。

 今治西打線が決め球の内角直球に的を絞っているのは分かっていた。6回には3本の長短打で同点に追いつかれた。それでも強気の内角攻めを貫き通した。それが生まれ変わった「佐藤そのもの」だったからだ。

 敗れはした。しかし、悔しさは消えていた。「最後の甲子園では、弱気になった場面はなかった」と思えたからだ。その投球を見た者すべてに、鮮やかな内角直球の残像を焼き付け、大舞台で「大会屈指の左腕」と呼ばれるまでに成長したエースは、吹っ切れた顔で甲子園を去った。=敬称略


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