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島根ニュース

親子2代甲子園の夢散る 益田東・三好主将

2007年07月22日

 三好の出番は4点を追う7回表の2死満塁の場面でめぐってきた。大庭監督は内心、「こいつでダメなら、しょうがない」と思った。

写真益田東の三好裕二郎主将=県立浜山

 二度、三度素振りをして打席に立つ。ツーナッシングと追い込まれた。3球目。バットは空を切った。

   ◇    

 三好の父、敏幸さん(41)は益田東が84年に初めて甲子園に出たときの主将。三好は父親の影響で小学3年生から野球を始めた。

 父親からは折に触れ、甲子園でプレーした感動を聞いた。「いつかは自分もあの地に立ちたい」との思いがふくらんだ。

 控えで試合に出る機会は少なかったが、主将としてチームを引っ張った。「気は強くないが、文句を言わずにひたむきに取り組むところがすごい」と大庭監督の信頼は厚かった。

 この日も、ベンチ前の円陣でひときわ大きな声を出し、試合中はベンチで仲間を励まし続けた。

   ◇       

 敏幸さんは、三塁側アルプスで、じっと息子を見守った。9回、益田東の最後の打者が凡退すると、そっとうつむいた。

 「甲子園に行きたかった。悔しい」。試合後、目を赤くはらした息子を見やった敏幸さん。「主将としてはあいつが上。本当によくがんばった」とたたえた。


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