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ここから本文エリア 近江(滋賀)ニュース 「見ててくれたか」 車いすの父に贈る一打 川村誠君2007年08月16日 近江を甲子園へ導いた立役者の一人、4番川村誠君(3年)にとっても相手投手は手ごわかった。だが9回2死からスライダーを振り切って右前へ安打を放ち、一矢報いた。「父さん、見ててくれたか」。転落事故の後遺症のため、京都府内の自宅でテレビ観戦している父、徳行さん(48)の期待に応えようと放った一打だった。
10年余り前、大工だった徳行さんは事故で首の骨が折れる重傷を負った。その後はずっと車いす生活。心配する小学4年生の川村君に「何かスポーツやったらどうや」とすすめた。「おれの分まで元気に動き回ってくれ」というメッセージだった。 野球を始めた川村君は持ち前の運動神経のよさで中学生になるころには強打者に育っていた。近江に入学して寮生活になったが、大事な試合の前には徳行さんと携帯電話でメールを交わした。 「誠、ホームラン打てよ」「わかった」。滋賀大会の前にも短いメールのやりとりをした。川村君は準々決勝まで3試合連続で本塁打を放ち、甲子園行きに貢献した。 1回戦の松商学園戦で放った大会第3号の本塁打。自宅で観戦した徳行さんは「夢だった甲子園でホームランまで打つなんて」と大喜びした。 川村君は全力プレーを心がけた。後遺症で汗をかくことができず、真夏の甲子園のアルプス席では応援できない父に、気迫のこもったプレーを見せ、元気になってくれたらと考えたからだ。勝利にかける思いは人一倍強かった。 試合終了後、ベンチ前で今治西の校歌を聞く川村君を見ながら、徳行さんは「誠、よく頑張ったな」と心の中で声をかけた。そのとき、川村君は「ここまでやってこられたのは父さんのおかげ」と夏空を見上げていた。 |