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ここから本文エリア 金光大阪(大阪)ニュース 金光大阪、二枚看板が励まし合い成長2007年08月11日 「1点やるのは仕方がない」。そう伝えるよう監督に言われていた。だが、マウンドで苦しむエースにかけた言葉は全く逆だった。「絶対に点はやるな」
10日、夏の甲子園初の試合、神村学園(鹿児島)戦に臨んだ金光大阪。3点リードで迎えた6回表、背番号「10」の弓削翔平君(3年)は、無死一、二塁のピンチを迎えた背番号「1」、植松優友(まさとも)君(3年)のもとに伝令に走った。 2年半、互いにしのぎを削ってきたライバルだから、わかる。「あいつなら強いことを言っても大丈夫」。直後に三振を奪うなど、アウトを二つ取ったが、味方の失策が絡んで逆転を許す。願いはかなわなかった。 丁寧にコーナーを突いて打たせて取る右腕の弓削君と、強気で攻めて三振を取りに行く左腕の植松君。「10」と「1」はこの春、入れ替わった。 弓削君は中3の時、大阪府内の軟式野球大会で優勝。金光大阪でも1年の6月から練習試合に登板した。対する植松君は無名の一塁手。投手志望だったが、中学では四球を連発していた。高校に入り、長身を買われて投手になったが、やはりストライクが入らない。四球で走者を出すと顔がこわばった。 そんな植松君に、弓削君は「ピンチの時でも強気で勝負しろ」と言い続けた。2人は練習メニューにない走り込みの本数を競い合い、チームの「二枚看板」になった。 昨夏の大阪大会決勝。全国屈指の強打者、中田翔選手を擁する大阪桐蔭と激突し、2人の継投で接戦を演じたが、延長の末に敗れた。そして今夏、同じ舞台で植松君が中田選手をノーヒットに抑え、雪辱を果たした。 以来、植松君は周囲の注目を集めるようになった。ただ、横井一裕監督(32)の見方は違う。「弓削がいるおかげで、投手経験が少ない植松は成長できた。うちのMVPは弓削だと思う」 その弓削君も10日は打たれた。リリーフした8回、先頭打者に本塁打を浴び、2死一、三塁。今度は植松君が伝令だった。いつもの笑顔で「もっとボール球を使え」とアドバイスした。 試合に敗れた後、涙で目が曇った植松君が言った。「ナイスピッチング」。弓削君は感極まって言葉が出なかった。 でも、本当はこう言ってやりたかった。「お前がいなかったら、今の自分はなかった」と。 |