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楊志館(大分)ニュース

あきらめぬ 3年貫徹 楊志館の左翼手・石井君

2007年08月21日

 4回裏の第2打席。2点をリードされていたが、「あきらめないぞ」。2球目の低めのスライダーは、ふらふらと高く上がった。打者の左翼手、石井柳太君(3年)は、二塁まで夢中で走った。「1点ずつ返していけば絶対に勝てる」。だが、ホームを踏むことはできなかった。

 その強さにあこがれて入った楊志館の野球部。大分県豊後大野市三重町から1時間かけて学校に通った。が、毎日走るばかりの練習は、想像以上に単調でつらかった。1人、また1人と仲間が部を去る。石井もやがて部活に行かなくなった。1年の6月だった。

 だが、同じクラスの主将、阿南卓也君(3年)と、副主将の久原和樹君(3年)は、石井を見捨てなかった。「ここで辞めたら後悔するぞ」。顔を合わすたびに声をかけた。「やっぱり一緒に野球をしたい」。1カ月後に部に戻った。

 だが、度重なるけがには泣かされた。「最後の年」になってもベンチ入りすらできなかった。後輩が生き生きと左翼の守備につく姿を見て、唇をかんだ。何度も腐りかけたが、そんな時はいつも、応援してくれる両親の顔が目に浮かんだ。

 冬場、死ぬ気でトレーニングに臨んだ。練習中の1時間の素振りに加えて、自主練でさらに1時間素振りをした。豆がつぶれても振り続けた。「絶対レギュラーになりたい」。初めてレギュラーになれた春の試合前、うれしくて背番号を携帯電話の写真機能で撮影した。

 この日チームは、今大会「最初で最後の」敗北を喫した。石井君は打率2割7分3厘、2打点。胸を張って地元に帰れるだけの活躍はできたと思っている。「最高の夏になった」。そう言って、笑った。


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