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長野ニュース

3年間の思い、本塁打に 地球環境・小林選手

2007年07月25日

 1―1で迎えた5回。地球環境の3番打者、小林良平君が放った勝ち越し2点本塁打には、遠回りした3年間の思いが込められていた。

写真5回に勝ち越しの2点本塁打を放ち、ベンチ前で仲間と喜び合う小林良平君(右)

 中野市の中野平中学校出身。塚原青雲(現創造学園大付)を01年と04年に甲子園へ導いた羽鳥均監督を慕って、まず同校に入学した。

 1年の秋には腰を痛め、走ることもできなくなった。自暴自棄になり、野球をやめようと思った。でも、羽鳥監督から「できることだけ、やればいい」と言葉をかけられ、気が楽になった。羽鳥監督はその後もずっと目にかけてくれた。

 昨年1月、野球部内の不祥事の責任をとって、羽鳥監督が創造学園を去ることがわかった。野球をやめるか、監督を追っていくか。小林君の選択肢は二つだった。

 どうしても羽鳥監督と野球をしたい――。同じ思いの部員7人と、地球環境への転校を決めた。高野連の規定で転校生は原則、1年間公式戦に出ることができず、昨夏は出場しなかった。

 そんな記憶が詰まった1発が左翼席に飛び込む。一塁ベースを回った後、大きくジャンプして拳を空に突き上げた。

 最後は延長10回のサヨナラ負け。小林君は控室にこもって顔を伏せた。「羽鳥監督を……甲子園に連れて行きたかった」。そう声を絞り出すのがやっとだった。

 ひとしきり涙を流した後、球場の外で父の喜内さん(53)に「ナイスホームランだったな」と声をかけられた。「そうだ」。バッグからホームランボールを取り出し、手渡した。


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