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長野ニュース

息子の投球、35年前重なる 丸子修学館・小林選手の父

2007年07月18日

 グラウンドを駆け回る球児たち。照りつける太陽。丸子修学館の一塁側スタンドで、主戦小林俊樹君の父、宏二さん(51)は、35年前の夏を思い出していた。くしくも同じ球場、対戦相手も松商学園だった。

写真グラウンドを見つめる小林宏二さん=松本市野球場

 修学館の前身、丸子実業で、宏二さんは主戦としてマウンドに立ち続けた。自慢の制球力とフォークを武器に72年夏、73年春・夏の3度、チームを甲子園に導いた。しかも夏の長野大会の決勝は2度とも松商学園。ほとんど負け知らずで、丸子実業の黄金時代を背負った。

 2番手としてマウンドに上がった息子に、自分の姿が重なる。だが制球が定まらず2四球。ストライクを取りにいったボールを狙われ、2回1失点でマウンドを譲った。

 「どうしてストライクが入らないか」。体を鍛えるため、上田市内の自宅から旧丸子町にある学校まで数十キロを自転車で通った息子。野球に打ち込んできた姿を知るだけに、歯がゆさが残った。「自分がマウンドに立てれば」とも思った。

 宏二さんは今、機械製造会社の営業マンとして中東のドバイに単身赴任中。息子の姿を一目見たいと、休暇を使って久しぶりに日本に戻ってきた。できれば、息子が高校生の間だけでも家族で過ごせば、色々教えることもできたはず。

 「マウンドの姿を、もう少し見ていたかったな」。宏二さんは残念そうにつぶやいた。

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