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ここから本文エリア 神奈川ニュース スローカーブ、強力打線に健闘 保土ヶ谷・足立達哉投手2007年07月24日 指を離れてから捕手のミットに収まるまで、1秒以上かかる。1回1死二塁で、桐蔭学園の3番荒谷健人君(2年)は「超スローボール」を空振りし、三振に倒れた。
強力な桐蔭打線を封じるための秘策が、保土ケ谷のエース足立達哉君(2年)の100キロを切るスローカーブだった。 相手は県内屈指の強力打線。「中途半端な球速だと打たれる。足立の緩い球なら打たせて取ることができると思った」と佐藤陽一監督。変化球を高めに投げて打ち上げさせる狙いだった。 中学まで外野手だった足立君が本格的に投手の練習を始めたのは今年の冬。それまでのエースが退部したからだった。上手投げだったが球威もなく、制球にも苦しんだ。その後、横手投げを試したところ、制球に苦しむことが少なくなった。この試合も、スローカーブ中心の投球で2回まで2失点、長打は許さなかった。 だが打線が2巡目に入った3回に捕まった。「直球は少し甘いだけでスタンドに運ばれる」と、ひたすら変化球勝負。しかし、タイミングを計り、短く振り抜く桐蔭の1〜3番に3連打された。後続には長打を恐れ3四死球を与えてしまう。「厳しいところを攻めているつもりが、球が逃げていた」。2死二、三塁から走者一掃の二塁打を浴び、10点目が入ったところで交代した。 背番号1で臨んだこの夏、1回戦は救援して1回を3人で抑えた。延長にもつれ込んだ3回戦の釜利谷戦は先発して9回を4失点と力投した。 3回戦までは緩い球を決め球にした「緩急」が通じたが、「桐蔭はレベルが違った。この経験を来年の夏に生かしたい」。エースの目に涙は無かった。 |