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鹿児島ニュース

監督との日々思い涙・樟南・音野二塁手

2007年07月23日

 自然に涙があふれてきた。

写真最後の打者にベンチから泣きながら声を張り上げる音野太智君=県立鴨池

 2点を追う9回表2死走者なし。スコアボードにストライクがまた一つと点灯するたびに、打者に向かって声を張り上げた。「打て」。2ストライク2ボールから振った球は、三塁へ。願いは届かなかった。

 うなだれて、仲間に支えられながら本塁前に並んだ。

 中学のときに、テレビで樟南戦を見た。犠打できっちり送るそつのない枦山監督の野球に魅了された。「監督について行けば甲子園に行ける」。大阪から単身、鹿児島に来た。

 寮生活は厳しかった。午前6時前には起きて練習、夕食後には暗闇の中でバットを振った。誰よりも声を出すことを心掛けたが、監督からは怒られてばかりだった。

 弱気になって両親に電話することもあった。そんなときはいつも「甲子園で待ってるからな」と励まされた。

 昨夏、2年生で唯一の先発メンバーに。チームはまさかの初戦敗退。自身も2打数無安打。

 今年は、その悔しさをバネに戦い抜いてきた。準々決勝までの4試合は16打数7安打。4回戦では3安打を放ち、1番の役割を果たした。

 この日は4打数1安打。打てなかった分、声を出し続けた。

 泣いてグラウンドを後にしようとすると、枦山監督に怒鳴られた。

 「みっともないぞ」

 「胸を張れ」と言われているように感じた。「監督と甲子園で最後の思い出を作りたかった。でも、3年間やるべきことはやった。悔いはない」。樟南で学んだ枦山野球で、社会人になって実力を試したい。


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