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石川ニュース

ひるまず投げた 小松明峰・中川投手

2007年07月17日

 3回、小松明峰の左の隻腕投手、中川琢也がマウンドに駆け出した。スタンドを見回し、天を仰いで深呼吸した。「やっと立てた」。うれしさがこみ上げた。

写真小松明峰・中川琢也投手

 生まれつき右手首より下がない。でも「ハンディと思ったことは一度もない」。投げた後、すぐにグラブを左手にはめ替えて守備に回る。高校3年間、他の部員とすべて同じ練習に取り組んだ。

 初めて公式戦で登板した春の県大会では、向陽戦で10―0で勝っていた最終回に打者1人に投げただけ。後の2試合はベンチにいた。面白くなかった。「夏に投げられなかったら、ここまでやってきた意味がない」。それから下半身強化のためトレーニングを増やした。制球力が高まり、夏前にはチームの主力に急成長した。

 スタンドからは野球好きの父浩之(47)が見守っていた。琢也が生まれた時のことを思い出していた。「普通の親子みたいにキャッチボールはできないんだろうな」。だから小学校3年の琢也に「野球がしたい」と言われたとき、うれしかった。

 1球目、ストライク。2球目、打者は空振りした。一球一球、全力で投げる姿に、スタンドから大きな声援が送られた。しかし連続安打に守備の乱れも重なり、この回7失点。それでもひるむことなく投げ続け、4回には決め球のスライダーで三振も一つ奪った。父はその姿をじっと見守り続けた。

 結果は5回コールド負け。試合後、中川は「結果を出せなかった。もっとかっこいい姿を見せられたらよかったのに」と悔しさをにじませた。

 でも「野球がしたい」と言われたその日から、いつか県立で投げている姿を夢見てきた父は、琢也に「ごくろうさん」と言いたかった。=敬称略

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