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広島ニュース〈特集〉

〈野球が好き4〉ガラニン君、「大和魂」少し分かった

2007年07月11日

 7月上旬。広島市安佐南区の広陵のグラウンドで紅白戦があった。プレーする真っ黒に日焼けした選手たちに向かってベンチから金髪で青い目をした選手が大きな声を響かせていた。ウクライナ人投手の3年ガラニン・ヤン(19)。ウクライナ語やロシア語よりも日本語が上手で、国語と古典が得意。好きな言葉は「大和魂」だ。中井哲之監督(45)は「妙に日本人っぽいところがある、おもしろい子です」と話す。

写真投球練習をするガラニン・ヤン=広島市安佐南区の広陵高校で

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 ウクライナ・ヤルタで生まれた。運動が好きで、サッカーやスキーばかりしていた。

 8歳の時、母の仕事の都合で来日し、広島に移り住んだ。異国の暮らしはわからないことだらけだったが、持ち前の明るさで、すぐになじんだ。

 野球の存在を知ったのは、来日間もないころ、テレビでプロ野球中継を見たときだった。「なんだ? これ」。力いっぱい投げ込む投手、一瞬に勝負をかける打者の鋭い目、盛り上がるスタンド、大歓声……。選手たちは輝いていた。

 入学した広島市立祇園中学で野球部に入った。チームスポーツなのに一人一人の役割がはっきりしていて、活躍したらすごく目立つのが気に入っていた。「かっこいい」と投手になったが、公式戦の経験はない。それでも練習すればするほど野球が楽しくなった。

 03年春、広陵が選抜大会で優勝した。テレビでインタビューに答える選手たちはプロ野球選手たちと同じくらいかっこよかった。広陵への進学を決めた。

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 練習は想像を超えていた。毎日ひたすら走る。タイヤ引きや追い抜き走、インターバル走。「どうしてみんな、こんなに頑張れるんだろう。これが『高校野球』か」。不満を漏らさずに練習をこなすチームメートが不思議だった。気がつくと野球が嫌いになりかけていた。

 高1の冬。ある日の休み時間、中井監督がガラニンを職員室に呼び出した。学校への提出物を出し忘れたからだ。

 「しっかりせんと社会で通用せんぞ。そういうやつはやめろ」。監督が怒る理由は十分わかった。それでも「なぜ自分だけ」と納得できず、「はい、やめます」と言ってしまった。

 「お前はおれの言っとる意味がわからんのんか」。監督はさらに怒った。次の休み時間も、その次の休み時間も、ガラニンを呼び出した。「こんなことで終わるんか。問題は心の中じゃろが」

 来日してから、本気で怒られたのは初めてだった。胸が熱くなってきた。これまで周りの人の優しさにどれだけ甘えていただろうか。「このまま終わってたまるか」。最後は涙をこらえて言った。「部を続けます」。みんなが頑張る理由が少しだけわかった気がした。「大和魂」という言葉が浮かんだ。

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 自分を鍛えるため、チームのため、努力を続けた。高校入学時に最速118キロだった球速が今では140キロ近く出る。

 苦しい練習に耐え、最後の夏を迎えた。練習試合に出たことはあるが、公式戦に出場した経験はない。広島大会もスタンドから仲間たちに声援を送る。

 「最初は根性とかよくわからなかったけど、広陵でいろいろ学んだ」というガラニン。大学でも野球を続けるつもりだ。 中井監督は「精神的にも恐ろしく成長した。立派な広陵球児だ」。

(敬称略)

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