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岐阜ニュース〈特集〉

〈あなたがくれた夏2〉「息子は理想の恋人だから」

2007年07月08日

 好きなこと。昆虫、ピアノ……。野球はせいぜい3番目だった。

写真ピアノを弾く小学2年の小嶋真太郎=小嶋ゆかりさん提供
写真小嶋真太郎(右)とゆかり=3月、瑞浪市で、いずれも小嶋ゆかりさん提供

 小嶋ゆかり(45)は、息子は野球に向いていないと思っていた。

 この春、息子の真太郎(17)は中京の1番打者として、甲子園の歓声の中にいた。父親は同校の小嶋雅人監督(49)。「親子鷹(おやこだか)」の重圧を感じながらも野球を選んだ息子を、ゆかりはアルプススタンドから見つめた。

    ◇

 ピアノは、高校までレッスンを受け腕に覚えがあるゆかりが、3歳から仕込んだ。野球は、中京商(当時)の選手として甲子園経験もある雅人が、小学2年から教えた。だが、当の真太郎はむしろ昆虫が好きだった。

 可児市にあるリトルリーグチームの、山に囲まれたグラウンド。バッティング練習中にひとり山に入り、真太郎は虫取りに夢中になった。「おーい真太郎の番だぞ」。コーチの声にひょっこり現れ、10球ほど打つと、また山に消えた。

 次に好きだったピアノは、3歳で救急車のサイレンや話し声の音階を聞き分け、「『ド』の音でおしゃべりしたでしょ」と話しかけてきた。小学6年では、音大受験生の練習曲を弾いた。

 「将来は音楽家かな」。泥臭いスポーツが好きではなかったゆかりは喜んだ。真太郎も「野球では声を出すのが苦手だったし、なんか熱くなれないな」と思っていた。

    ◇

 転機は小学4年の時だった。自分より遅く野球を始めた同級生が真太郎を追い抜き、上の学年のチームに入った。すると、それまで絶対に切ろうとしなかったおかっぱ頭を丸刈りにし、雅人に言った。「野球を教えて下さい」

 試合で負けた日、練習がうまくいかなかった日は、泥だらけのユニホームのままピアノに座り、「悲愴(ひそう)」のソナタや「テンペスト」を弾いた。

 「ピアノが汚れる」と姉は怒ったが、ゆかりはそっとしておいた。真太郎は30分ほど一気に弾くと、庭に出てティーバッティングをして、風呂に入った。

 ゆかりはこう考えていた。「手を洗うのも惜しんで、ピアノにぶつけたい何かがある。それを大事にしたかった」

 グラウンドに足を運ぶようになり、真太郎が落ち込んだ時にフォローできるように、コーチにしかられる場面をチェックした。

    ◇

 不調だった昨秋、真太郎は試合後、監督の雅人に「打てない1番はいらん」と怒鳴られた。球場の外で涙をこぼした後、寮に帰るとゆかりの顔が浮かんだ。珍しく「打てんかもしれん」とメールした。

 返事は「そんなの気にしてどうするの。結果は仏のみぞ知る」。

 真太郎は振り返る。「結果を出したいあまりに自分のスイングを忘れていた。結果がすべてっちゃすべての世界だけど、母はそういう部分も見てくれる」

 真太郎は、ゆかりの視線を覚えている。

 バッティング用の手袋をポケットから格好良くのぞかせようと、ポケットを気にしながら守備についた日。「かっこつけるな」としかられた。逆にヒットが打てなかった時は、「守備位置までダッシュで移動できてたね」とほめられた。

 真太郎が昆虫やピアノより野球を選んだ時から、ゆかりの中で変化が起こった。今は、心のバランスまで見通す自信がある。「母親にとって、息子は理想の恋人だから」

(敬称略)

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