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青森山田(青森)ニュース

猛練習、堅守の要に 松岡亨遊撃手

2007年08月19日

 8日の開会式。行進する青森山田の18人の選手の中に、甲子園球場の土の硬さを確かめる選手がいた。遊撃手の松岡亨君(3年)。「甲子園は青森市営球場と似ていると思った。慣れているし、良いプレーができますよ」。初めて立つ甲子園の感激よりも、守備位置の土が気になっていた。

写真4回裏聖光学院無死、末永の内野ゴロを処理する遊撃手松岡=阪神甲子園球場で

 今回の甲子園、青森山田は堅い守備が光った。2試合で17イニングを守り、失策ゼロ。ファウルボールにも食らいついて飛び込む青森山田の選手たちに、何度も球場がわいた。その中心が松岡君だった。

 初戦の報徳学園(兵庫)戦。三遊間に何度も鋭い打球が飛んだ。そのたび、松岡君はレフト前に抜けそうな打球に飛びついた。この試合で4本が内野安打になったが、三遊間の打球は一度も外野へ通さなかった。「内野安打になってもいい。投手にとっては、外野に抜けるのと内野安打とでは気持ちがまったく違うから」。ユニホームを真っ黒くして胸を張った。

 一度は野球をやめようと思った。1年の秋に野球部の寮を逃げ出した。「もう、ついて行けない」。練習も寮生活も嫌になった。朝一番の飛行機で大阪府豊中市の実家に戻った。

 「ごめん、帰って来ちゃった」「ええんちゃうか」。父の浩行さん(49)の言葉に涙が出た。「こっちで職を探そう」。そう考えながら2週間、家の中に引きこもった。日に日に浩行さんの顔を見るのがつらくなった。「もう一度ゼロから野球をやってみよう」と決心して青森へ戻った。

 これが守備を磨くきっかけになった。再び練習に加わると、「投げる」「捕る」を徹底的に繰り返した。ノックは他の選手よりも前で受け、打球への反応を鍛えた。守備が上手になることが、甲子園に出るための近道、だと思ったから。

 そして、甲子園。「守備ではチームで一番信頼してますから」。初戦を完封で勝った石井君は、たくさんのマイクに向かってそう話した。渋谷監督も「松岡の守備がよかった。1回戦は守り勝つ青森山田の野球ができた」と喜んだ。

 結果は2回戦で敗退。聖光学院戦を終えた松岡君は「僕が打っていれば、勝ってました」とチャンスで走者を返せなかった打撃を悔やんだ。それでも、ベンチ裏に引き上げた松岡君は「守備ではいっぱい良いプレーができました。甲子園には悔いがあるけど、守備に悔いはありません」と、最後は笑顔を見せた。


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