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青森ニュース

亡き監督に捧げた1打 大湊・富岡選手

2007年07月19日

 9回表、大湊は青森に6点のリードを許していた。逆転をかけた大湊の最後の攻撃。4番の富岡辰徳君(3年)が先頭で打席に入った。ここまでの3打席は、いずれも凡退だった。

写真最終打席で、安打を放った富岡辰徳君(左)=7月18日、メイプル

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 おととしの夏に、さかのぼる。富岡君が大湊野球部に入って3カ月後だった。おじの富岡哲監督が亡くなった。49歳。

 「下北の子どもたちで甲子園へ行こう。おまえも一緒にな」。幼いころから、そう言われた。おじさん率いる大湊のユニホームにあこがれた。

 おじさんが逝って数カ月間は練習に身が入らなかった。「ゴロを捕るのも嫌になった。野球が初めて苦しいと思った」

 あれから、2回の夏が過ぎた。富岡君は、三沢商との試合(2回戦)前日の14日、おじさんの家を訪ねた。

 「自分の精いっぱいのプレーを見守ってください」と、仏前に手を合わせた。チームの柱に成長した、自分の姿を見てほしかった。

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 最後の打席。2球目の直球を、フルスイングした。金属バットの甲高い音が響いて、打球はライナーで中前へ飛んだ。

 敗戦。それでも、富岡君は胸を張った。

 「もう、このヒットで悔いはないです」。天国にいる、おじさんに捧(ささ)げる1打だった。

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