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愛工大名電(愛知)ニュース

ピンチで直球避け悔しい 愛工大名電・森智仁捕手

2007年08月12日

 初回、四球押し出しで1点を取られ、さらに2死満塁の危機。6球目に捕手の森智仁君(3年)が選択したのは、チェンジアップだった。「相手打者が直球に合ってきたように感じた。かわそう、と思って」。だが、痛打され2点適時打に。初回に失った3点は、最後まで重荷となった。

写真守備陣に声をかける森捕手=阪神甲子園球場で

 先発投手の高須諒君(2年)は甲子園独特の雰囲気にのまれたかのように腕が縮こまり、ストライクが入らなかった。先頭打者から2連続四球を出し、一、二塁となった場面で、森君はマウンドに駆け寄った。「腕が振れていないぞ。お前の直球はこんなものではないだろ」

 高須君は最速144キロの剛腕。だからこそ、そう鼓舞したはずなのに、土壇場では直球を選べなかった。独特の雰囲気に縮こまっていたのは、高須君だけではなかったのかもしれない。

 森君は佐賀市の出身。中2の夏に地元・鳥栖商と戦う愛工大名電を見て、「オーラを感じた」。名古屋市に住む親類を頼り、名電の門をたたいた。

 元来は引っ込み思案。2年生の頃、雨が降ってグラウンド整備をするときに後輩に、「砂を持ってきて」のひと言が言えなかった。投手に対して、ものが言えない。秋ごろまでは、リードによく首を振られた。

 年明けに読んだ城島健司捕手(マリナーズ)の本に感銘を受けた。「投手とのコミュニケーションが最も大事」との教えをプレーの指示を大声でするところから実践した。「投手の長所や弱点、ピッチングフォームについてアドバイスできないと信頼してもらえないから」と、学校の行き帰りや練習が終わった後に本を読んで勉強した。

 ブルペンでも「おお、良い球だ」と大声で投手をほめるようにした。春ごろから投手に助言を求められるようになった。

 高須君の後に登板した制球力の高い森本慎也君、球威のある柴田章吾君(ともに3年)の持ち味は引き出した。柴田君のスライダーをうまく使った配球で、6回3者連続三振に切って取るなど、2回以降を無失点に抑えた。

 9回、最後の打者になった。この試合、無安打に終わった。だが、最も悔やまれるのは「高須にチェンジアップを要求したこと」。捕手としてのプライドだ。


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