|
|
||||
応援団も心一つ 再逆転信じて2006年08月12日 終盤までリードを奪い、健闘した佐賀商の選手たち。三塁側アルプス席の応援団も善戦を後押しした。
「自分たちは甲子園で勝てなかった。弟には校歌を歌ってほしい」。最前列でひときわ大きな声を出していたのは、飯田竜二選手の兄尚樹さん(19)。佐賀商が04年春の選抜大会に出場した時の4番打者だ。金沢(石川)との初戦で本塁打を放ったが、試合は逆転負けだった。 佐賀大会で不調だった弟に「打つポイントをもっと前へ」などと助言。10日には、「全部の打席、思い切って振れ」とメールで激励し、甲子園での勝利を願った。 しかし、結果は自身と同様の逆転負け。「勝負事なんで仕方がない。弟もよく頑張った」とねぎらっていた。 18人の長身の生徒たちがいた。男子バレーボール部の1、2年生。8日に大阪市であったインターハイ決勝トーナメント2回戦で敗退し、「野球部の応援をしたい」と神戸市で練習を続けながらこの日を待っていた。 バレーボール部が野球部員の応援を受けたこともある。2年生の山口慎平君は「たくさん応援に来てくれて、気持ちを楽にして試合ができた。今度は僕たちが支えてあげないと」。黄色いメガホンを手に最後まで選手たちを鼓舞し続けた。 法被を羽織った男の子がかわいらしい応援を繰り広げていた。高橋翔太君(3)。祖母英子さん(52)の友人の息子、田中龍二選手の応援に駆けつけた。 背中には、前夜に母親が縫ってくれた「がんばれ佐賀商業」の文字。両手に持ったしゃもじを「カチャカチャ」と鳴らす姿に、周囲の人たちはほおをゆるませていた。 昨年、県内で発足した社会人硬式野球クラブ「佐賀魂(スピリッツ)」の吉武博文さん(47)は、佐賀商野球部のOB。息子の恭平君も同校野球部の2年生だ。 佐賀魂は同校出身の元プロ野球選手新谷博監督が率い、「プロ以外にも硬式野球を続けたい人の受け皿になろう」と結成された。 後輩たちのプレーを見ながら、吉武さんは思い出す言葉があった。高校時代の監督だった板谷英隆さん(故人)からしばしば言われた「何事も最後まであきらめず一生懸命やれ」。この日は板谷さんの命日と重なった。
再逆転を信じて声援を続けたが、かなわなかった。「不完全燃焼の選手もいるだろう。『うちに入って来いよ、待ってるぞ』と声をかけたい。この経験を次に生かしてほしい」
|
|