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如水館無念、力尽く 7回、粘って追いつくも

2006年08月13日

 5年ぶりの大舞台。1勝は遠かった――。大会第7日の12日、如水館は東東京代表の帝京と対戦。序盤に2点を奪われ、粘って追いつく健闘を見せたが、4本塁打を放った帝京の強打の前に、2―10で敗れた。選手らは悔しさを胸に球場をあとにした。「選手自らが考える野球」を目指してきた如水館の夏が終わった。

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7回裏如水館2死二塁、二塁走者矢野は小松の適時打で生還。捕手鈴木

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チームのチャンスに沸き上がるスタンド=阪神甲子園球場で

 ◎…帝京打線は、如水館にいきなりの試練を与えた。試合開始からわずか3球目。先発の奥川裕幸君(3年)のスライダーが真ん中に入り、先頭打者不破卓哉君(3年)に右越え本塁打を許した。「低めを意識して丁寧に投げたい」と試合前に話していた奥川君は、「大観衆に緊張してしまった」と唇をかんだ。

 投手になったのは5月中旬。内野手からの転向だった。「他に使う場所がないから投げさせた」(迫田穆成監督)というコンバートは、積極的なものではなかった。だが、テンポのよいマウンドさばきを武器に、右横手投げ投手として頭角を現した。広島大会の決勝崇徳戦で完封し、意気込んで迎えた初戦だった。

 苦しい投球が続く奥川君ら投手陣を、味方も支えた。1点差に詰め寄って迎えた7回、小松一也君(3年)が同点打を打つ。広島大会の打率は先発メンバーで唯一の1割台。でも、中堅前にしぶとくゴロをころがした。だが、直後の8回、奥川君は2連続本塁打を浴び、2回途中に続いて降板した。試合後、「明るいいいチームでした」と3年間を振り返った。

 ◎…「野球に対しては本当にまじめ」。チームメートの誰もが口をそろえる主将の柚木淳君(3年)が、流れをつかみきれない如水館を攻守にわたり支え続けた。

 3番打者で捕手。「走者が出たら次の塁に進ませないようにしたい」と話した通り、初回から、東東京大会で1試合平均8盗塁を記録した帝京の機動力を、持ち前の強肩で封じた。結局許した盗塁は2だった。

 打撃でも3打数3安打。6回には如水館唯一の長打となった二塁打を右翼線に放ち、一塁走者の実政道世君(3年)を迎え入れた。

 今春から監督の指導方針が変わり、監督、コーチからの指示が大きく減った。柚木君は主将としてチームをまとめようと必死になった。ミスが出たら選手全員をマウンドに集め、原因をみんなで指摘し合った。

 広島大会前には監督やコーチの目を気にせず、選手同士で話し合える雰囲気を作り上げた。

 試合後、柚木君は「自分の結果よりチームの結果が出なかったのが残念」と悔しがった。

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