
母校・ふるさと思い出す 応援曲にまつわる話
2006年08月10日
夏のアルプススタンドには、母校を思い起こさせ、ふるさとの記憶を呼び戻す曲が飛び交う。
 昨夏の甲子園、選手を見守る天理のマネジャーら=05年8月
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 アルプスで応援歌を奏でる天理吹奏楽部=05年8月
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天理のアルプスではチャンスの時に、地響きのようなトランペットのファンファーレが必ず鳴り響く。単調なメロディーの反復、「ワッショイ」の合いの手。相手に与える威圧感は抜群だ。
35年の歴史を誇る天理の応援曲「ワッショイ」。当時天理中の吹奏楽部の顧問だった石崎一夫さん(66)がつくった。
顧問になった70年ごろ、天理高校には応援団がなかった。天理教が母体の学校で、全国から集まった生徒たちは、夏になると故郷に帰ってしまう。生徒の心を甲子園に向かわせ、アルプスで一つになれるようにと、応援曲を数曲作った。そのうちの一つが「ワッショイ」だった。
「ワッショイ」は天理が強くなるとともに、全国的に有名になった。この応援曲を聞くと、母校を思い出す人も多い。
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7月19日。沖縄代表に決まった八重山商工の野球部関係者から、兵庫県尼崎市の市立尼崎高校に電話がかかってきた。
羽地靖隆教諭(58)がいつものように答えた。「わかってます。がんばってください」
「ハイサイおじさん」「島唄(うた)」……。真夏のアルプスで、沖縄の郷土色豊かなメロディーを響かせているのは、実は兵庫県内の高校生たち。25年前、応援団を送り込めない沖縄代表校の代わりに、羽地さんが勤務先の学校のブラスバンドを率いて甲子園に乗り込んだのが、きっかけだった。
沖縄・宮古島出身。中学2年の時、家族で尼崎に移り住んだ。尼崎市内の中学で音楽教諭をしていた時、沖縄県人会から甲子園での演奏を頼まれた。最初は、ほかの学校の応援歌を参考にして演奏していた。
沖縄代表の私設応援団長を務めていた糸数勝彦さん(61)から「ハイサイおじさん」の録音テープを渡された。「最近、はやってるからどうや」。アルプスでチャンスの場面に演奏してみると、雰囲気が途端に盛り上がった。今では、観衆からリクエストされるほどの「定番」だ。
今では応援曲のレパートリーは約40に増えた。沖縄出身のミュージシャンの曲もアレンジして応援歌に仕立てた。「沖縄の選手に寂しい思いはさせたくない」という。
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尼崎に住んで50年近く。沖縄への郷愁はあまり感じなくなった。けれど、大人から子どもまで一致団結して、代表校を応援する光景には郷土愛を感じている。「試合中はアルプスが沖縄一色になる。僕にとっての、もうひとつのふるさとなんです」
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