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岡山共生・李杜軒遊撃手、留学生生活最後の打席2006年07月26日 一塁へ投げた瞬間、「しまった」と思った。1点をリードした5回1死一塁、遊ゴロを捕球して二塁ベースを踏み、球を一塁へ転送。併殺でチェンジのはずだった。ところが、送球は一塁手の手前で弾み、ファウルグラウンドへ。その後、2点を失った。「本当は0点。僕のせい」。打って返すしかないと思った。
台湾出身の3年生。中学時代、衛星放送で見た甲子園にあこがれた。「一緒に甲子園を目指そう」。先に岡山共生に留学していた中学時代の先輩に誘われ、台湾でプロ野球選手だった父の勧めもあって来日した。 留学当初、言葉はもちろん、野球の違いに戸惑った。台湾では土、日曜は休みだが、日本では練習試合を組む。練習では盛んに声を出し、攻守交代の時や凡打でさえも全力疾走。だが、見よう見まねでまねるうちに、「これが日本野球なんだ」と受け入れるようになった。 2点を追う7回、この日の4打席目。下手投げの相手投手の緩急をつけた投球にタイミングを外され、一塁フライに打ちとられた。「自分のスイングができなかった」。これが留学生活最後の打席になった。
試合後、相手校の校歌が流れる間、ずっと下を向いていた。「悔しくて前を見ることができなかった」。甲子園の夢は断たれた。悔しさを胸に、次はプロ野球選手になる夢を追う。
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