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〈あの夏から・下〉 感動プレー、忘れない2006年07月03日 昨年の夏も高校野球は様々なドラマを生んだ。全員野球で甲子園への切符を手に入れた東北。創部以来初めて決勝に進出した石巻工。宮城農は初戦で9回2死から逆転サヨナラ勝ちして13年ぶりにベスト4まで勝ち上がり、柴田農林は第2シードに競り勝って旋風を巻き起こした。気迫あふれるプレーで沸かせた選手たちは、いまどうしているのだろうか――。
▽東北・加藤政義君 「みんなで力を合わせないと勝てない」。昨年、東北の選手たちは繰り返した。一昨年のようなスター選手はいない。合言葉は「全員野球」だった。 準決勝の仙台育英戦。「思い切りやれば勝てるだろう」。主将の加藤政義君はそんな気持ちで臨んだ。相手は2年生が主体。意地もあった。1回には、先制の本塁打。5回にも3点本塁打を放ち、決勝へ駒を進めた。 石巻工との決勝でも、加藤君は初回に適時打を放ち、先制点を挙げた。決勝の硬さが取れた。「たまたま自分たちが先に緊張がほぐれたから、勝利につながっただけ」 甲子園では一昨年を上回る8強入り。準々決勝で大阪桐蔭に敗れた。 5回のチャンスで、大会屈指の左腕、辻内崇伸選手(現巨人)から三振を喫したのが、一番よく覚えている。「やっぱりプロに行く人と自分との差かなあって」 「いまはプロに行っても通用しない」。自立するため、県外の九州国際大へ進学した。 大学では、全体練習の時間は短い。いくらでも楽はできるが、時間があればバットを握る。 いずれは地元の楽天でプレーしたい。東北を離れて、更に強くそう思うようになった。「成長した姿を見せたい、というのも夢の一つなんです」
▽石巻工・千葉文博君 「140キロの速球を投げる左腕がいるらしい」。石巻工の昨年のエース、千葉文博君の存在は、大会前からうわさになっていた。 選抜大会に出場した一迫商戦との準々決勝が山場だった。最後の打者のバットが空を切ると、「よっしゃー」と、いつもクールな千葉君も、ガッツポーズをした。 準決勝の宮城農戦は、6回から登板し、被安打は1。創部以来、初めての決勝進出だ。夢は、すぐそこまで近づいた。 決勝の相手は、秋も春も大差で負けた東北だった。「いっぱい点をとられるか、運が良ければ抑えられるか」。長打を打たれにくい外角を中心に攻めることにした。 だが、得意の速球に、いつもの球威はなかった。「準決勝で、もうちょっと抑えておけば良かったかも」。肩に疲れを感じた。 1回に4点、2回に3点を奪われた。「正直、厳しいな……」。開き直って、「最後だから、楽しくやろう」と決めた。 最後の夏。勝てば勝つほど、野球を続けたいという思いは強くなった。両親を説得し、日本体育大に進学して、野球を続けている。 負けてよかったとは思わないけれど、「負けたから、今も頑張っているんだと思います。甲子園に行ったら、そこで満足しちゃうので」。
▽宮城農・根田孝志郎君 初戦の仙台西戦。2点を追う9回、宮城農の4番、根田孝志郎君は先頭打者として四球を選んだ。一塁に歩きながら「高校生活最後のバッターボックスか」と肩を落とした。そこからの逆転サヨナラ勝ち。うれしくて涙が出た。「ありえないっすよ。2アウトからこんな展開になるなんて」 勢いに乗った宮城農は4強入り。準決勝の石巻工戦は打線が沈黙し、回を重ねるごとにベンチの空気は重くなった。 1対6で迎えた9回、先頭打者は、仙台西戦と同じ根田君。「ホームラン打ってくるから」。主将として「もう負けた」という顔をしたチームメートを盛り上げたかった。「全力で振って来いよ」。仲間から声が飛んだ。1球目、思い切り振った打球は右前への安打となった。 最後の夏が終わり、野球が抜けきらない日々が続いた。「学校が終わった後に『練習どうする?』『いや、練習ないよ。終わったから』って。寂しかったっすね」 大学に行って野球を続けたかったが、家族と話し合って就職を選んだ。今は群馬県の食品工場で働き、週末は敷地内にあるグラウンドで草野球の練習をして汗を流す。 会社の先輩で少年野球の監督をしている人がいる。「いつかは自分も、って思ってます」
▽柴田農林・渡部康平君 夏の組み合わせを見た柴田農林の渡部康平君は、心の中で思った。「初戦を勝って、あの仙台商と試合ができたら」 生まれつき耳に障害のある渡部君は、小学校5年までろう学校に通っていた。ある日、当時の宮城球場で仙台商の試合を見て、迫力のあるプレーに感動した。「本格的に野球がしたい」。その一心で一般の小学校に転校し、甲子園を目指してきた。 大会初日の初戦で、延長11回サヨナラ勝ちし、第2シードの仙台商との対戦を迎えた。「これが最後の最後になるかも」。3回に、渡部君は走者1人をかえす三塁打を放った。最後の打者を打ち取った瞬間、心の中で叫んだ。「あのあこがれの仙台商に、勝った」 次の泉松陵戦も1点差で勝ち、ベスト8をかけた宮城農戦。疲れはピークに達していた。いつものスライダーにキレがなく、打ち返された。 秋、渡部君は楽天のプロテストを受けたが、体力テストで落ちた。「プロのレベルの高さを感じました」。一時は社会人野球も考えたが、障害を抱えながら仕事と野球を両立するのは難しい。
でも、まだ18歳。球場で写真を撮るカメラマンの仕事を手伝う傍ら、毎日ジムに通う。「あと2回でも3回でも、楽天のテストに挑戦し続けます」
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