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まだまだあるゼ 自慢の球 〈オレの魔球・番外編〉2006年07月22日 第88回全国高校野球選手権神奈川大会の参加校は196校。投手になるとさらにその数倍はいる。それぞれに自信を持って投げる「魔球」がある。1日に終了した県内版の連載「オレの魔球」で取り上げきれなかった「魔球」のいくつかを、すでに姿を消した学校も含めて紹介する。(杉浦幹治)
◆エース代々の証「動く速球」 ムービング・ファスト・ボール 桐光学園・長屋一輝君(3年) 昨夏覇者、桐光学園には代々エースに伝えられる魔球があるという。名前は付けられていないが、それはムービング・ファスト・ボールの一種だ。 通常浅く握るストレートを奥まで押し込んで握って投げる。すると素直な回転がボールに伝わらず、打者の手元で少しぶれる。ある程度の速球が投げられる投手でなければ、単なるスピンのない棒球だが、桐光のエース級の球威があれば、「動く速球」となる。 長屋君は昨年9月、昨夏の二枚看板の1人、石渡智大さんに教わった。以来、試合の要所で投げる。打者もおそらくまっすぐだと思うから、「面白いように打ち取れる」。長屋君も次代のエースにこの球を伝えるつもりだが、まだ教えていない。「あまりに効果があるから、今教えるとエースの座を奪われてしまいそうで」 15日、光陵との初戦を零封したが「緊張して腕が振れず、甘い球が多かった。次は気をつける」。
◆50キロのカーブ KOボール 横浜緑ケ丘・渡辺翔君(3年) 秋季県大会の3回戦に進出した昨年9月上旬。横浜緑ケ丘のエース渡辺君と捕手の坂元研太君(3年)は昨春の選抜大会に出場した慶応のビデオを繰り返し見ていた。「確かに、遅い球が効きそうだ」。渡辺君はうなずいた。 3回戦で対戦するのが、その慶応だった。渡辺君の最速は128キロ。正面からぶつかっては通用しない。「どうしよう」。頭を抱えていた試合の数日前、横浜緑ケ丘のグラウンドに、野球部OBで今は慶応大学に通っている先輩がやってきた。「強豪に勝つためには、遅い球を覚えろ」 もともと持ち球には80キロ程度のスローカーブがあった。しかし先輩は「もっと遅く」。さらにカーブを浅く握り、手首が裏返って、打者から手の甲が見えるぐらい手をひねって投げた。球は今まで見たことがないほどの緩い放物線を描いた。測ってみたら、50キロだった。「KOボール」と名付けた。 この慶応戦では1―3で敗れたが、3球投げた「KOボール」で二つの内野ゴロと一つの見逃しストライクを取った。 今回の16日の立花学園。硬くなって思うように投げられなかった。4回途中で降板し、横浜緑ケ丘も姿を消した。
◆微妙なシュート ナチュラルシュート 鶴見工・鈴木勝也君(2年) 「食い込んでくる。打ちづらい」。チームメートは、鈴木君の球をいやがる。右横手から投げる鈴木君の球は、本人は普通に投げているつもりでも、微妙にシュートして、右打者にとっては内角に入ってくる。バットの根本に当たることが多く、持つ手はしびれる。 しかし、鈴木君はこの球が嫌いだった。浮き上がる速球にあこがれた。自分は技巧派と自覚しながらも、伸びる球を高めに投げて三振が取りたかった。 そして一番気にしていたのが死球の多さ。狙ったところよりさらに内角に行くから、打者に当たる。塁は埋まるし、もう内角には投げづらくなる。そうすると四球が増える。 この球を素直に受け入れられるようになったのは今年の3月の練習試合。対戦相手のヤジがひどく、初回から頭に来ていた。捕手と話し合い、「がんがん内角いこうぜ」「オレもそのつもりだ」。その日は8割が内角だった。試合は2―3で負けたが、強気にせめて試合を作れた充実感があった。「オレの球は内角に投げてこそ、威力があるんだな」。初めて、自分の球に自信が持てた。
今ではストライクゾーンも目いっぱい使って、投げきる。鈴木君は第3シードの相洋戦で完投した。四つ出した死球は内角を攻めた証拠だ。しかし「力んでしまった」。1、2回で3点を奪われ、試合は2―6で敗れた。「先輩を勝たせたかった」。来夏の活躍を誓った。
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