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向上・畑主将 最後の表舞台 燃焼

2006年07月21日

 向上の主将畑知宏君(3年)は野球は高校までと決めていた。第2シード・光明相模原戦。畑君は9回裏2死まで、ベンチから仲間に声援を送り続けた。

 中学3年の時、過度の練習からひじを壊し、手術を余儀なくされた。当初は満足にボールを投げることも難しかった。「大事になる前にメンテナンスをしっかりしておけば」。その不安を抱えながら向上の野球部に入部した。

 高校でもけがに泣かされた。1年の秋、腰痛治療のため、先輩の薦めで茅ケ崎市内のはり・きゅう師に通った。驚くほど効果があった。2年になると「いずれははり師になって、選手を支える人になりたい」と思い始めた。

 夢を告げられた母かほるさんは「正直、選手としてがんばってほしい」と思ったという。しかし、「自分と同じような選手を増やしたくない。裏で支える人も必要なんだ」と、息子は譲らなかった。

 光明相模原戦は好投していたエース宮原翔大君(3年)がピンチを迎えると、畑君はベンチからマウンドに駆け寄って宮原君を励ました。回が終わると、選手たち一人ひとりに声をかけた。

 そして最終回。2死の場面で平田隆康監督は「打ちたい球を打ってこい」と畑君を代打に指名した。結果は四球。しかし、次打者が倒れ0―2で試合は終わった。

 「打てなかったけど、悔いはないです」。畑君は胸をはった。かほるさんも「よくやった。お疲れさまと言いたい」。

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