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待った1年 全力184球 新磯・井上龍投手2006年07月17日 5回表、無死一、二塁。新磯のエース井上龍君(3年)が外角低めぎりぎりを狙って抜いたスライダーは、吸い込まれるように真ん中に入っていった。足柄の4番遠藤太貴君(3年)が強振する。鋭い音を残して打球は左翼フェンスを越えた。
「直前に、西川(慶君、3年)たちがマウンドに来てくれた。『守ってやるから』って言ってくれたのに」。初めて挑んだ夏。錠義行監督は、遠藤君が本塁を踏んだところで、投手交代を告げた。 井上君が初めに入学した高校は都内の私立校だった。野球推薦の入学だったが、1年の秋、家庭の事情で新磯に転校した。 チームにはすぐにとけ込めた。しかし、高野連の規定で1年間公式戦に出ることができない。普段はレギュラーだったが、大会が近づくと球拾いやノッカーなど裏方にまわった。腐りかけた時もある。そんなとき、励まし合ったのが、自分と同じように私学から転校してきた西川君だった。「出られないからって、練習量、減らさないようにしようぜ。腐ったら終わりだ」。お互い、裏方に回る時期は帰宅した後、走り込みや投げ込みをした。 その投げ込みに付き合ってくれたのが、父親の昭史さん(56)だった。夜、2人で近くの照明のある公園に行く。多いときで2〜3日に1回、300球の投げ込みをした。昭史さんはフルート奏者で指は何よりも大切なはずなのに、嫌な顔一つせず、ミットを構えてくれた。「球が速くて、実はかなり怖いんです」。息子の前で言ったことはない。 去年はスタンドから見るだけだった夏のマウンド。仲間に支えられて、初戦に続きこの日も立てた。6月末に右人さし指を突き指し本調子とは言えない。上体が突っ込み、球がうわずる。野手の失策もあった。しかし、マウンド上では最後まで落ち着いていた。「中学までは思い通りにいかないと、すぐにいらついていたのに」。母親の真美さん(44)は大きくなった息子を感じた。 試合終了の瞬間、ベンチの最前列にいた井上君は、前のめりに倒れた。涙がこらえきれない。西川君が駆け寄った。「よくやってきたよな、オレたち」。井上君は答えた。「これまでのこと、絶対に忘れねえよ」。
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