検索とメインメニューとばして、このページの本文エリアへ検索使い方
現在位置 : asahi.com > 高校野球 > 第88回選手権 > 地方大会 > 鹿児島 > ニュース > 記事ここから本文エリア

鹿児島工 猛攻で初V 鹿屋の粘りも光った

2006年07月22日

 波乱の大会の頂点に立ったのは第3シードの鹿児島工だった。21日、県立鴨池球場で決勝が行われ、鹿児島工が鹿屋に終盤1点差まで詰め寄られながら、辛くも逃げ切り、初優勝を果たした。県立校の優勝は53年の甲南以来、53年ぶり。鹿児島工は8月6日に阪神甲子園球場で開幕する選手権大会に出場する。敗れた88チームの夢を胸に、舞台は甲子園へと続く。

写真

鹿屋−鹿児島工 2回裏鹿児島工1死満塁、今吉健の左犠飛で三塁走者藤井が生還、7点目。捕手野間=県立鴨池

写真

打席に立つ前に、大声で気合を入れる今吉晃一君(17)=県立鴨池

写真

鹿屋のエース篠原秀平君=県立鴨池

 勝敗の行方は最後までもつれた。鹿児島工が序盤の大量得点を守りきって、必死で追い上げた鹿屋を振り切った。

 先制を許し、沈んでいた鹿児島工が、雨で中断後の2回の攻撃で、流れをつかんだ。

 2回、「スタンドの声援に応えたかった」という鮫島の二塁打を足がかりに、1年生の内村の右前安打でまず同点。「この回、7点取るぞ」との中迫監督の言葉に応えるように、無死一、三塁から新川の左前安打で今吉健も生還、敵失などもあり、さらに3点をあげた。

 猛攻は続き、1死満塁で蒔元が左前安打を放って2点追加。犠飛も絡めて打者12人の猛攻で監督の言葉通り、この回計7点をもぎ取った。

 ◎…先発の榎下は10長短打を打たれながらも、3失点と粘投を見せていたが、5回からマウンドを下茂に譲った。その下茂も7回、甘く入った変化球を狙われて3失点。8回にも1点を奪われ1点差に詰め寄られた。ベンチからの「1点くらいやっても大丈夫」の声が、心を軽くした。

 9回、先頭打者に左前安打で出塁を許したが、併殺で切り抜け、最後の打者はピッチャーライナーで仕留めた。

 ◎…鹿屋は終盤、驚異的な追い上げを見せた。5点を追う7回、「塁に出ることだけを考えた」という吉国が、甘く入った変化球を左翼席にたたき込んだ。

 山内監督の「奇跡が起きるのはこういう試合の時なんだ」との言葉に押され、1死二、三塁で楠原の打球は中前安打となり2走者がかえって、この回3得点。続く8回にも大迫宏が二塁打で出塁すると、失策や暴投を誘ってついに1点差まで追い上げた。安打数は計19本と、10本の鹿児島工を大幅に上回ったが、適時打が出なかった。

 主戦篠原はほとんど1人で7試合を投げ、投球数は884球。連投の疲れがあったが、この日も141球を投げ抜き、4回以降は鹿児島工の打線を無得点に抑える力投を見せた。

◆一戦一打、気迫の一振り 鹿児島工・今吉晃一君

 「お前の気持ちを見せてやれ!」。しゃがれた声が球場に響き渡った。

 気迫と声が、何よりの武器。ピンチの度にありったけの声でチームを、自分を鼓舞し続けた。

 元々は捕手。昨夏の大会が終わると、主将で正捕手の鮫島哲新君(18)が肺炎を患い、20日間ほどチームを離れた。代わりにマスクをかぶり、40試合近い練習試合を乗り切った。が、夏が終わる頃、腰を疲労骨折した。

 コルセットをはめて、回復を待ったが、大会開幕の3カ月ほど前、「もう間に合わない」と医者に言われた。目の前が真っ暗になった。もう辞めようと思った。でも、「甲子園に挑戦してからでも遅くない」。

 練習を再開した。全力で走ることも、捕手として座ることもままならないが、バットだけは振れた。中迫俊明監督(47)と話し合い、代打専門に転向した。

 根は優しくて涙もろい。打席に立つ時は、弱気な自分を奮い立たせるために誰よりも大声を出すようにした。

 1試合でたった一度だけの出番。今夏、全6試合に代打で出場し、6打数で5安打を放った。

 決勝では、流れを変えるために代打に送り込まれたが、三振。その後のベンチには、身を乗り出して、ひときわ大きな声を送る姿があった。

 優勝を決めた瞬間、涙が止まらなかった。「苦労が報われたうれしさと、大事な試合で貢献できなかった悔しさが、あふれ出した」

 その悔しさを晴らすため、甲子園でも、たった1度の出番のために、闘志を燃やす。

◆小柄な体、負けぬ体力 鹿屋・篠原秀平投手

 「回してくれ」

 1点を追う9回2死走者なし。次打者席で片ひざをつき、そう念じ続けた。

 だが、ライナーで飛んだ打球は相手投手のグラブに収まる。体の力が抜けていくのがわかった。

 164センチ、56キロ。小柄な体格ながら、切れのいい変化球と制球力で今大会67奪三振。7試合をほとんど1人で投げきり、チーム躍進の原動力となった。

 昨年10月、バント処理の練習中に右足のアキレス腱(けん)を切り、手術を受けた。投げられるようになったのは4月。

 体が冷えると、今でも足首が痛む。仲間が休憩しているときでも、走り込みや筋トレを繰り返し、練習不足からよぎる不安を打ち消した。

 臨んだ夏、スタミナが切れても気力で補った。

 決勝の前日。山内昭人監督(34)に「負けるときは華々しく散ろう」と言われた。言葉には「交代はない」というメッセージが込められていた。笑って応えた。

 疲労は隠せなかった。雨で中断後の2回、高めに浮いたボールを狙われ、連打を浴び7失点。マウンド上で何度も首を振った。3回にも1点を奪われ、気持ちが切れそうになった。

 だが、ベンチに帰ると、あきらめた空気は全くない。仲間に後押しされるように、4回以降は無失点に抑えた。打線も奮起。19安打を重ね、8回に1点差にまで迫った。自らも3安打を放って、気を吐いた。

 夢の甲子園にはあと一歩届かなかった。

 「悔いがないといったらうそになる。でも、精いっぱいやれた」。力を出し尽くした「小さな大投手」は、穏やかに言った。

ここから広告です
ここから広告です
広告終わり

ここから広告です
広告終わり
▲このページのトップに戻る
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.