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〈乗り越えていま3〉 連合チーム、心を結ぶ

2006年06月22日

 たった一人の3年生が5月下旬、1カ月半のマグロ延縄(はえなわ)実習を終え、野球部員全員がそろった。

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カッターボートに乗る都大島南と都大島海洋国際の連合チーム。後ろは実習船「大島丸」

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チューブを引っ張って腕を鍛える

 「これでチームがつくれる。野球ができる」と、都大島南の主将、高津遼太郎(2年)は思った。

 伊豆大島の南端。潮風が吹き渡るグラウンドのそばには、今は使われなくなった高さ10メートルの潜水訓練塔が立つ。

 去年の冬から部員は実質、高津の同級生3人だけだった。この春、1年生6人が入った。それまでは試合はおろか、練習もままならなかった。教員も交えたキャッチボールやノックがせいぜいだった。

 乗船実習ならではの厳しさもある。年間、1年生は1週間、2、3年生は1カ月半、船で生活する。先輩からは、船上でも練習はできると聞いていた。だが、1日8時間の見張りもある。水の使用が制限されるため、シャワーは1日10分、洗濯はできない。練習する余裕もなく、船酔いが追い打ちをかけた。

 去年まで大島南として東東京大会に出ていたが、この夏は、都大島海洋国際との連合チームで臨む。大島南の改編でこの春、新たに大島海洋国際ができた。2、3年生は大島南、1年生は大島海洋国際の選手として都高野連に登録されるからだ。

    ◇

 高津は三鷹市の中学から大島南に入学した。海にかかわる仕事に就きたいと考えた。中学時代は府中市の軟式野球のクラブチームに所属していた。そこでも人数が確保できず、ほかのチームにまぜてもらって練習や試合をしてきた。

 そのつらさや寂しさから、いつもいっしょのチームでやる野球に、ずっとあこがれていた。だからいま、「やっぱ、人がいて野球ができるのは、ほんとにうれしいですね」と、声を弾ませる。

    ◇

 高津は、東東京大会で初めて捕手を務める。投手は1年生の長谷川類(るい)。長谷川も小中学校での野球経験者とはいえ、投手は初めて。入部して部員の少なさに驚いた。

 5月の連休明けからバッテリーを組んだ。まだ互いに相手のことがよくわからない。「もっとフォームを意識した方がいい」。高津は練習の合間にも、なるだけ長谷川に声をかけるよう心がけている。

 同じ校舎で学んでいるとはいえ、大島海洋国際とは寮が別になり、1年生の寮は、高津の寮から2・5キロ離れている。

 野球部の1年生に、高津はよく携帯電話のメールを送る。釣りに誘ったり、寮の様子をきいてみたり。1年生が、好きなアイドルの写真を送ってきたこともある。

 連絡は常に絶やさないようにしている。無断で練習を休む部員がいると、その日のうちに「なんで」とたずねる。部員が数少ないなか、チームが一人でも崩れるのが怖い。

 「きょうの練習はつらかった」「守備がだめだったから、もっと声を出していこう」。練習の最後には、輪になってその日の感想を一人ひとりに言ってもらう。仲間の気持ちを知ることで、一体感が増せばという思いからだ。

    ◇

 大会には、両校違うユニホームで臨む。大島南はクリーム地の左胸に、縦に「大島南」とある。大島海洋国際は6月下旬にできあがる。白地にブルーのストライプ。その胸にブルーで「海洋国際」。1年生が選んだ。

 いつも一緒に練習をしているから、違うのは気にならない。(敬称略)


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