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〈乗り越えていま1〉 体育館裏の18.44メートル

2006年06月20日

 もし、3年前に戻れるのなら……。

写真

体育館の裏で投球練習をする都荻窪の田淵理一。目の前にはマンションとの境界のネットが垂れ下がる=細川卓撮影

 後悔しても無駄だとわかっていても、そう思いたくなるときがある。

 放課後、都荻窪の体育館裏の薄暗く湿った狭い敷地で、マウンドの田淵理一(りいち)(3年)は、捕手を座らせ投げ込んでいた。ストレート、カーブ、フォーク、スライダー。

 木の枝葉が3メートルほどのところまで伸びている、その下を赤い縫い目の白球が往復する。黒土には緑色のコケが所々に生え、すぐ隣にはマンションのベランダが見える。陽気なダンス音楽と女子生徒の笑い声が体育館からもれる。

 体育館と隣接するマンションの間の幅3、4メートルほどの細長い敷地が、都荻窪の練習場と呼べる練習場だ。

    ◇

 3年前の夏、田淵は中学軟式野球の日本選抜チームに選ばれ、渡米した。10日ほどの滞在中、日の丸と「JAPAN」の文字が左胸に入ったユニホームを着て、ダイヤモンドを駆け回った。

 野球の本場で、大リーグの試合も観戦した。思い切りのいいスイング、野手のファインプレーに胸をときめかせた。興奮する観客のなか、そこでプレーする自分の姿を思い描いた。

 名だたる強豪校からスポーツ推薦の誘いが来ていた。

    ◇

 04年春、東東京大会で準優勝したこともある二松学舎大付に入学した。しかし、自宅のある小金井市から千葉県の練習場に行くのに、始発電車でも早朝の集合時間に間に合わないことがあった。甲子園への近道を選んだはずだったが、半年後、その夢をあきらめた。

 野球部があると聞いて、地元に近い都荻窪に転校した。

 練習に出ると、目を疑った。Tシャツに短パン姿、部員のかけ声は小さく、こぼれたボールを歩いて追っていた。「遊びじゃん」。愕然(がくぜん)とした。

 もともと部活は盛んではなかった。それに追い打ちをかけるように、昨春、生徒の募集が打ち切られ、校舎の工事でグラウンドが次第に使えなくなった。07年度に定時制高校に移るための措置だった。

 ちょうど、去年のいまごろ。その日も部員は集まらなかった。

 授業を終え、雨の降るグラウンドに出ると、部員は先輩の3年生2人だけだった。田淵は帰ろうとする先輩を引き留め、体育館裏に連れて行った。「ここにマウンドを作りたいんです」

 暗い空き地の真ん中に、本塁ベースを置いた。ベース上の先輩にメジャーの端を持ってもらい、傘をさしながらもう一方の手でメジャーを引っ張った。体育館の壁と平行に歩き、ちょうど18.44メートルのところで地面に足で印を付けた。投手板と本塁までの距離だ。

 印をつけたところに土を盛り、感触を確かめプレートを置いた。グラウンドをほとんど使えない中、投球練習をする場所がほしかった。

    ◇

 校庭だった場所にはいま、プレハブの仮校舎がたつ。生徒は3年生だけで人数も減り、屋外のクラブ活動は消えていった。陸上部、サッカー部、テニス部、バドミントン部……。野球部だけがかろうじて残った。

 3年生11人が所属する野球部。だが、田淵一人だけの練習はもう何回あっただろう。トスバッティングの相手をクラスメートに頼むのはいつものこと。せっかくのマウンドも、速いボールを捕れる部員がいないと使えない。

 地元で中学時代の同級生に会うときがある。話をふられて、「一応、4番やっている」と答えると、「当たり前だろ」と返された。雑誌には、自分より下手だと思っていた知り合いが取り上げられた。3年前、一緒に渡米した仲間は、甲子園のグラウンドに立ったと聞いた。

    ◇

 転校後1年間は公式戦に出られない規定のため、昨夏の大会は助監督としてベンチに座った。チームの5回コールド負けの試合を、見ていた。チームメートは田淵と目を合わせられなかった。

 この夏の西東京大会。田淵は投手として登板するつもりだ。しかし、満足な練習はいまもできていない。それでも、毎日練習着に着替え、自宅に帰ってもランニングを続ける。

 「甲子園はあきらめた。けど、ほかの人には負けたくない。個人記録を狙う」

 夢は捨てたが、プライドは捨てられない。(敬称略)

    ◇

 第88回全国高校野球選手権の東・西東京大会が7月8日に開幕する。さまざまな障害や苦難を乗り越え、いま夏の舞台に立とうとしている球児たちの姿を追う。

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