2004参院選

下:投票率、いつも100%




 投票日の朝、伊藤林作さんは決まって午前7時前に東京都府中市の自宅を出る。歩いて5分の府中第一小学校の体育館で投票するためだ。

 投票所では常に一番乗りか、二番乗り。早く行くのは、「どうせ投票するなら、1番に入れてあげたい」と思うからだ。

 宮大工だった林作さんは戦前、その腕を見込まれて宮内省(当時)の担当者から「私と一緒に全国の神社を回ろう」と言われたほどの職人。仕事を通じて顔も広く、地元自治会、市の無形文化財の府中囃子(ばやし)の保存会などいろんな会の役員をしてきた。

 そのため、林作さんが関係する会合で「あいさつをさせてほしい」と候補者に頼まれることが多かった。「来る者拒まず」で了承はするが、林作さんは思っていた。

 「会合であいさつしたり、会が応援したりしたからって票にはならないのになあ。むしろ、どれだけ自分を分かってもらえるか、ふだんが大事だよ」

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 妻せんさんは、投票所で市の担当者が選挙人名簿をチェックしているのが気になっている。「投票の秘密と言っても、行ったか行かなかったかは分かるでしょ。行かなかったと言われるのは嫌ですから、必ず行きます」

 「家内は投票日、決まって子どもたちに言ってるんです。『投票に行きなさい。せっかく権利を認められているんだから』ってね」。敏春さんは妻ゆきえさんに、常々感心している。おかげで、伊藤家の投票率は常に100%だ。

 ゆきえさんの出身は東京都あきる野市。95年の合併前は、五日市町だった。父親は外科の開業医で、医師会の役員。選挙のときはいつも忙しかった。その父親は、自分が町長選に立候補するためポスターまで準備し、告示前に急逝した。

 「わたしは父から、自分たちの代表を決める選挙は大切だと教えられました。それを子どもたちにも分かってほしくて」と、ゆきえさんは言う。

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 伊藤家に新しい有権者が加わったのは、昨年11月の文化の日だ。設計事務所で働く盛敏さんが、さやかさんと結婚した。その6日後が衆院選の投票日だった。

 さやかさんは結婚するまで、投票に行ったことがなかった。「候補のこともよく分からないし、自分の1票で政治は変わらない」と思っていた。衆院選で、初めて投票した。すでにおなかにいた娘りこちゃんのため、「子どもの将来がよくなりますように」と願った。

 今は、テレビも新聞もほとんど見る暇がないほど、子育てに追われている。りこちゃんと一緒に外出したとき、さやかさんは顔写真が並ぶ選挙用ポスターを見て思った。「ポスターに詳しく公約を書いてくれたら、気軽に読めるのに」

 盛敏さんは朝8時半に出勤し、日付が変わってから帰宅する。忙しい毎日だが、「話題に遅れてはいけない」と、必ずインターネットでニュースをチェックする。参院選の公示後は、選挙の記事を丹念に読んでいる。

 「今の日本はみんなが助け合うことじゃなく、自分のことばかり考えているように思う。国のため、国民のため、と本当に考える人に投票したい」

(朝日新聞2004年7月11日朝刊紙面)


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